食籠(じきろう)は、主菓子を客の数だけ盛り込んで出すための蓋付きの器です。
食籠は、「食篭」とも「喰籠」とも書きます。
食籠は、黒文字箸を一膳添えます。
食籠は、おおくは円形または角形で、重ね式のものもあります。
食籠は、元来食物をいれる蓋付きの身の深い容器のことをいい、
『君台観左右帳記』や『御飾記』にも座敷飾として違棚に「食篭」が置かれているように、
書院の棚飾りに用いられましたが、茶人に好まれたことにより、茶席でおもに主菓子を
盛り込む菓子器として用いられ、様々な形が現れ、素材も最初は、漆器でしたが、
陶磁器も用いられるようになります。

  

国宝『平家納経』

平安末期の平家全盛期に、平清盛をはじめ一族が書写して、長寛2年(1164年)に厳島神社に奉納した装飾経。

平家納経(摸本、益田家本)厳王品

金銀箔をふんだんに散らし、見返し(経巻の先頭にある絵画部分、仏画や蓮が多い)には「やまと絵」が描かれるなど、装飾性の高いもので、経典だが「絵画」として国宝に指定されている。

平家納経(摸本、益田家本) 薬王品

法華経30巻、阿弥陀経1巻、般若心経1巻、清盛の書いた願文1巻の全33巻が、経箱に入れられている。 「法師功徳品」や「般若心経」「願文」は平清盛の自筆で、他の経巻も一族の人物が1人1巻を受け持ち書写している。

平家納経(摸本、益田家本) 薬王品

慶長7年(1602年)には、広島藩主となった福島正則によって修理が行われ、一部の見返しは俵屋宗達によって描かれ、これらを収める蔦蒔絵唐櫃も作られた。 大正期には、益田鈍能が中心となって田中親美が摸本を複数制作しており、厳島神社に奉納されたほか、益田家、大倉家、安田家に納められた。

平家納経(摸本、益田家本)平清盛願文、俵屋宗達画
平家納経(摸本、益田家本)経箱 

出典 WANDER 国宝

平家納経[厳島神社/広島]