宮島で作られている伝統的な木工品を総じて「宮島細工」と呼んでいます。
木本来の木目や手触りを生かすことが宮島細工の特徴で、古くから参拝客向けの土産物や日用品として親しまれ、1982年には国の伝統工芸品に指定されました(産地組合:宮島細工協同組合)。
現代では主に「杓子」「宮島ろくろ細工」「宮島彫」に大別されます。
宮島で作られている伝統的な木工品を総じて「宮島細工」と呼んでいます。
木本来の木目や手触りを生かすことが宮島細工の特徴で、古くから参拝客向けの土産物や日用品として親しまれ、1982年には国の伝統工芸品に指定されました(産地組合:宮島細工協同組合)。
現代では主に「杓子」「宮島ろくろ細工」「宮島彫」に大別されます。
杓子(しゃくし)
寛政年間(1789-1801年)に宮島在住の僧・誓真が、弁財天の持つ琵琶の形からヒントを得て杓子を考案し、島民に作り方を教えたのが始まりとされます。神木から作られた杓子は「幸運・好運に恵まれる」と評判となり、明治時代には関西方面へも出荷されました。また「敵を召しとる(飯とる)」という言葉にかけて、勝負ごとの縁起物としても知られます。
木のにおいがご飯に移らず、飯粒がつきにくい優れた品質で、現在も国内外から人気のある宮島の代表的工芸品です。また、2~3尺程度の大杓子は記念品としての人気も高く、必勝祈願などで使われることもあります。
かつては刳物細工の一つとしてカンナを使って手作業で作られ、日本一の生産量を誇っていました。現在は大幅な機械化が進んでいますが、作り手の著しい減少が課題となっています。
杓子(しゃくし)
寛政年間(1789-1801年)に宮島在住の僧・誓真が、弁財天の持つ琵琶の形からヒントを得て杓子を考案し、島民に作り方を教えたのが始まりとされます。神木から作られた杓子は「幸運・好運に恵まれる」と評判となり、明治時代には関西方面へも出荷されました。また「敵を召しとる(飯とる)」という言葉にかけて、勝負ごとの縁起物としても知られます。
木のにおいがご飯に移らず、飯粒がつきにくい優れた品質で、現在も国内外から人気のある宮島の代表的工芸品です。また、2~3尺程度の大杓子は記念品としての人気も高く、必勝祈願などで使われることもあります。
かつては刳物細工の一つとしてカンナを使って手作業で作られ、日本一の生産量を誇っていました。現在は大幅な機械化が進んでいますが、作り手の著しい減少が課題となっています。

ロクロ細工
1850年頃に小田権六によって宮島に伝えられた技術です。嘉永年間(1848-1854年)には芸術の域まで高められました。明治時代には手廻式から足踏式ロクロへと発展し、丸盆、茶托、菓子器、重弁当など多様な製品が作られるようになりました。
一般的な横から削る木工ろくろとは異なり、回転する木を正面から削るのが特徴です。そのため直径10cm未満の茶托から直径1mを超える丸盆まで、幅広いサイズの作品があります。
漆塗りなどは施さず、すり漆や染め、木地仕上げが多いのも特徴です。木本来の美しい木目・色調・手触りを最大限に活かし、自然の温もりと味わい深さを感じさせてくれます。
ロクロ細工
1850年頃に小田権六によって宮島に伝えられた技術です。嘉永年間(1848-1854年)にはろくろ技術が芸術の域まで高められました。明治時代には手廻式から足踏式ロクロへと発展し、丸盆、茶托、菓子器、重弁当など多様な製品が作られるようになりました。
一般的な横から削る木工ろくろとは異なり、回転する木を正面から削るのが特徴です。そのため直径10cm未満の茶托から直径1mを超える丸盆まで、幅広いサイズの作品があります。
漆塗りなどは施さず、すり漆や染め、木地仕上げが多いのも特徴です。木本来の美しい木目・色調・手触りを最大限に活かし、自然の温もりと味わい深さを感じさせてくれます。


宮島彫
江戸時代後期に甲州(現山梨県)の彫刻師・波木井昇斎によって伝えられた技法です。
盆・菓子器・衝立・小物入れ・額などに写実的な彫刻を施すのが特徴で、木材の素地や木目を生かした「浮き彫り」「しずめ彫り」などの技法を駆使し、宮島の自然の美しさを表現します。その緻密さを生かすために、木地仕上げや染め仕上げが多く見られます。
年月を重ねるごとに風格を増す作品の美しさは、まさに格別な趣を持っています。
宮島彫
江戸時代後期に甲州(現山梨県)の彫刻師・波木井昇斎によって伝えられた技法です。
盆・菓子器・衝立・小物入れ・額などに写実的な彫刻を施すのが特徴で、木材の素地や木目を生かした「浮き彫り」「しずめ彫り」などの技法を駆使し、宮島の自然の美しさを表現します。その緻密さを生かすために、木地仕上げや染め仕上げが多く見られます。
年月を重ねるごとに風格を増す作品の美しさは、まさに格別な趣を持っています。


宮島土鈴(どれい)
宮島土鈴は、縄文時代から伝わる長い歴史を持ち、神を招き悪魔を祓う縁起物として祭祀に用いられてきた伝統工芸品です。特に明治中期から約120年間、鹿の背に猿を乗せた「鹿猿」の土鈴が受け継がれ、手作業で丁寧に作られる素朴な音色と温かみのある造形が特徴です。現代もお守りとして愛されており、宮島の土産品として全国に広まっています。
宮島土鈴(どれい)
宮島土鈴は、縄文時代から伝わる長い歴史を持ち、神を招き悪魔を祓う縁起物として祭祀に用いられてきた伝統工芸品です。特に明治中期から約120年間、鹿の背に猿を乗せた「鹿猿」の土鈴が受け継がれ、手作業で丁寧に作られる素朴な音色と温かみのある造形が特徴です。現代もお守りとして愛されており、宮島の土産品として全国に広まっています。


その他
この他にも、角盆・一文字盆などの刳物細工や竹細工、寄木指物、シダ籠細工などが宮島島内で製造されてきました。作り手が著しく減少したことにより、その多くが今では見られなくなっています。
その他
この他にも、角盆・一文字盆などの刳物細工や竹細工、寄木指物、シダ籠細工などが宮島島内で製造されてきました。作り手が著しく減少したことにより、その多くが今では見られなくなっています。
